猫と文学(5)T・S・エリオット『キャッツ』2022.4.6
人間と猫は数千年前からの長い付き合いです。そのため、文学や絵画、音楽など猫をテーマとした様々な作品が生み出されてきました。
猫をテーマにした文学作品を取り上げるシリーズ。
今回はミュージカル『キャッツ』の原作とされる、T・S・エリオットの『キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う方法』です。
ミュージカル『キャッツ』は、T・S・エリオットの作詞、アンドルー・ロイド・ウェバーの作曲による世界的なヒット作です。
「作詞」したとされるT・S・エリオットは20世紀前半に活躍し、ノーベル文学賞を受賞したイギリスの詩人で劇作家、批評家です。
特に1922年に発表した長編詩『荒地』は、同年に発表されたジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』とともに現代文学の金字塔といわれます。
そのエリオットが51歳のとき(1939年)に発表した『キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う方法』という子供向けの詩集が、ミュージカルのもとになりました。
この詩集は、猫好きだったというエリオットが、勤務先の出版社の社員の子供たちのために書いたものです。
※ちくま文庫版
ポッサム(possum)とは、エリオットの代表作である『荒地』を添削したといわれているアメリカの詩人エズラ・パウンドがエリオットにつけたあだ名です。ポッサムとはアメリカに生息する「ふくろねずみ」のことで、危険に合うと死んだふりをすることから「とぼけた」とか「逃げ隠れする」といった意味があります。エリオット自身この名が気に入っていたようで、わざわざ詩集のタイトルに付けたのです。
『キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う方法』の内容は、猫が大好きだったエリオットによる猫の観察記ともいえ、15編の詩からなります。
それぞれの詩のタイトルは次の通りです。
・猫に名前をつけること
・おばさん猫ガンビー・キャット
・親分猫グロウルタイガー 最後の戦い
・あまのじゃく猫ラム・タム・タガー
・おちゃめなジェリクル猫たちのうた
・泥コンビ猫マンゴジェリーとランベルティーザ
・長老猫デュトロノミィー
・ベキニーズ一家とポリクル一家の仁義なき戦い
・猫の魔術師ミストフェリーズ
・猫の犯罪法マキャビティ
・劇場猫ガス
・ダンディ猫パストファー・ジョーンズ
・鉄道猫スキンブルシャンクス
・猫に話しかける法
・門番猫モーガン氏の自己紹介
作曲家のロイド・ウェバーがこの作品に着目したのは1972年のこと。空港の売店でたまたま手に取り「これをミュージカルにしたら面白いのでは」とひらめいたのです。
彼はさっそく作曲にとりかかり、最後の「門番猫モーガン氏の自己紹介」を除いて14篇の詩をミュージカルの中で再現しました。
しかし、ひとつ大きな問題が浮かびあがりました。登場する猫たちは極めて個性的で魅力があるのですが、全体を貫く軸、つまりテーマ性が弱かったのです。ミュージカルとしての盛り上がりに欠けるといってもいいでしょう。
この問題を解決したのが、エリオットの未亡人、ヴァレリーだったといいます。彼女は「娼婦猫グリザベラ」という題が付けられたエリオットの未発表の詩をロイド・ウェバーたちに見せたのです。エリオットはこの詩を書き始めてみたものの、もともと子ども向けという詩集だったので途中で脇においていました。
グリザベラが加わることによってはじめてミュージカル『キャッツ』が完成することになったのです。
ミュージカル『キャッツ』とT・S・エリオットの『キャッツ』。2つの作品の不思議な関係こそが、多くの人々をこれだけ長い間、感動させ続ける理由なのかもしれません。
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